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2006年12月

2006年 夕焼けにほんのりと染まって

P10102842

夕焼けでほんのりと染まった西の空

気がつくと夕暮れ、雲ひとつ無い空に月がかかり、

2006年が暮れようとしております。

半年ばかりのデーターですが、綺麗な夕焼けの翌日は、晴天でした。

2007年がよい年でありますように!

仙丈ヶ岳は、眩しく輝いていた

P10102752_1昨日、仙丈ヶ岳は雪雲の中で山頂は見えなかった

今朝は青空、

また、伊良地区の三日市場まで車を走らせた。

仙丈ヶ岳は眩しく輝いていた。(南アルプス)

P10102722風越山の奥の山々中央アルプスも白く輝く。

師走の忙しさも吹っ飛ぶ爽快さです。

山のあなたの空遠く

   「幸」住むと人のいふ。

   噫、われひとと尋めゆきて

   涙さしぐみかへりきぬ。

   山のあなたになほ遠く

   「幸」住むと人のいふ。(山のあなた カール・ブッセ 上田敏訳)

信州の気高い山々を仰ぎ、戴いたゆずの香りが広がる中また、師走の雑事を始めます。

風越山も薄らと雪化粧

P10102522_1 今朝の風越山 

風越山の初雪は12月4日でしたが、その日のうちに溶け、全山が雪に覆われたのは今朝が初めてだと思います。

P10102172 昨日の夕暮れ、風越山上空は重い雲がかかっていました。

大平宿のあたりはいまだ雪が降っているのか見えません。(左の谷を入っていきます)

いよいよ南信州も冬将軍の到来です。

南天にたくして

P10102002 此処へ引っ越したとき、いろいろの方からたくさん植木を頂き、あちこちに植えた一本。

玄関脇だったのが幸いし,伸びに伸びてた南天。

 南天は難を転ずるといって災難よけ、魔よけに玄関、手洗い、鬼門に当たる場所に植えるとよいとか、

また、諸毒を消す殺菌作用もある”

とも云われ、この地域でも多くの家で植えられています。

2年ほど前、白い南天も植えました。

白い花は、同種の同じ花よりも花を咲かせるのは難しい気がします。

P10102102実の付が悪く、大きな房にかろうじて残った白い一粒二粒

少しいい房は正月の門松様に提供。

玄関に赤いものを飾ると幸運を招く”

とも聞いたので、赤い南天に願いを託しています。

“座敷わらし”に出会ったことがありますか

作り続けているうさぎ

P10101642_1

ファンキーなアメリカンドールから始まって、手も足も顔もどんどん細く・長くなりました。

このうさぎは、カントリー人形をヒントに手がけ、完成までの時間を楽しみます。

遠野の民話に出てくる“座敷わらし”は、出会うことができれば、「男性は出世し、女性は玉の輿に乗れる」と云われ、「家の守り神」として敬われているそうです

実家を思い出しても家の中に人形は飾られていなかったが、年1回お人形が飾られるときがありました。

雪解けて 村いっぱいの子供かな

重い越後の冬が明け、村中に華やかな空気が流れる旧暦のひな祭りの頃になると、我が家でもお雛様が床の間に飾られました。年1回のその飾り付けの日は、楽しみで待たれました。そんな折でも、座敷わらしの話は聞いたことがありません。

自分で家を構えるようになっても、人形は飾っていないから、今の家にも座敷わらしは居そうにありません。

「逢ってみたい」けど、少し人形の目線が気になるので、まだ、逢えていません。

山茶花の垣根越しにⅡ

P10101812 やや薄曇りの朝、東の見慣れた山々が薄墨色に重なり、初めてみる風情で広がっていました。

P101018227   山茶花の垣根は、

こぼれる花びら、咲く花、咲いた花と、少し華やかに。

「山茶花の 花や葉の上に 散り映えり」 高浜虚子

です。

P10101882 垣根の向こうの田んぼでは、1羽の烏が、あっちこっち何かを探す様に歩き回っています。

山を見ていたとき、枯れ枝を銜えて飛ぶ烏もみました。

巣作り?

サンタはこないけど

101016525_1 この季節なんとなく飾りたくなるのがクリスマスリース

“大騒ぎをしながら粉をふるったり、

クリームを泡立てたり、

・・・

わくわくしながら焼きあがるのを待つ

そして、デコレーションでまた一騒ぎ

夜、ろうそくの灯りを吹き消す二人の息子の真剣な顔”

今思えば至福のひと時だった。

そんなことを思い出しながら、今年も1日だけクリスマスリースを飾ります。

月と街燈が輝くたそがれ時

西の空

P10101742夕日が沈んで

街燈と月が輝き、

切りえの世界に変わるたそがれ時

この一時の赤が、

郷愁と憧れと恐れを誘います。

153号線を走って 長野県一の巨木を見たことがありますか?

153号線を愛知県に向かって走っていると、集落の一角に巨木が聳えています。(根羽村月瀬 日影平)

P10100482 長野県一の巨木

・昭和19年(1944)国の天然記念物に指定

 当時で、樹齢1800有余年

・語り継がれている霊験

 「虫歯を病むものが祈願したり、

 大事変が起こるときの前兆として大枝が折れる」

・伐採の危機も二度 江戸城本丸焼失後の復興用材(1844)として、また村内神社統合後に売却など

しかし、月瀬住民の団結で守られてきた(根羽村)

101005525 大杉は巨木過ぎて、側では枝の梢すら見ることができません。

側に立っていると、月瀬の人々の大杉に対する畏敬の念が、伝わって来る気がいたします。

村の木が杉との事、村を囲んでいる山々は、杉一色でした。

P10101352 東の空

日中は曇りで肌寒い1日でしたが、

綺麗な夕暮れで、暮れました。

鳥だったのかも 

P10101022 昨日の夕暮れは、今日の青空を約束してくれました。

12025午前中の東の空

風に煽られて白い雲が流れるように広がり、

雪を戴いた仙丈ケ岳も、輝いていた。

♪人は昔々 鳥だったのかもしれないね♪

空が、空だから

夕焼け空は、なおさら

2006125流れる雲に、青空の寂しさが心を掴む日もある

雨を降らす空が、嬉しい日もある

空は、空だから!

       ♪こんなにも こんなにも 空が恋しい♪ 

国道153号線沿い 武田信玄終焉の地へ

国道153号線を走って、武田信玄終焉の地とされる根羽の横旗へ、

P10100372 武田信玄ゆかりの人々によって建立された宝供篋印塔を(ほうきょういんとう)を祀っている武田神社を訪れました。

寛文年間(16611~1673)の頃、信玄公百年目の遠忌に際し、供養の為に武田家ゆかりの人々によって宝供篋印塔を(ほうきょういんとう)建立、宝暦(1751~1764)の頃、横旗、中野、砦の三部落の人々によって武田神社として祀られた

武田信玄を支えた軍師山本勘助は、川中島の合戦で、上杉謙信に“啄木鳥の戦法”を見破られたと知ったとき、自ら敵地に乗り込む。

結果も知らずに勘助は討死。

P10100312 今回、武田神社を訪れ、風林火山の旗の下、京を目指した文武両道を備えた名将・武田信玄は、軍師・勘助のような多くの優れた人々が支えていただろうと感じました

また、“勘助の最後”を知り、責任を取るとはこういうことかとも思います。

武田信玄は、三河国野田城(愛知県新城市)攻略中に肺肝を患い、田口・津具を経て甲斐国へ引き返す途中、天性元年(元亀四年・1573)四月十二日、五十三歳にてここ根羽の上村において他界された。(甲陽軍艦より)その折、風林火山の旗を横にしたので、この地を横旗という。(根羽村教育委員会)

“山繭”て知ってますか?

雨上がりの天竜川岸で、“自然の巧み”にまたひとつ出会えました。

P10100942 水神橋の袂の広葉樹はほとんどが落葉し、木々の間から川面が見え、旧道も落ち葉がぎっしり敷き詰められています。P10100932

初め、“1本だけ小鳥がたくさん集まっているなあ”と、眺めていました。

おなかが黄緑色で背中は茶色の小鳥!

鳴き声すら聞こえた気がして、眺めていました。

1羽も飛び立たないので、更に目を凝らすと山繭です!!

008525

周りにたくさん樹が有るのに1本だけ選んで、あちこちにぶら下がっていました。

小鳥のように、葉を背に黄緑色の山繭が風に揺られていました

(この小さな繭1個から600Mもの糸が取れるとか!まったく自然の営みは、驚異です)

冬爛漫 シクラメンの花でノスタルジイ

下殿岡にあるシクラメンのハウス(剛花園さん)では、出荷に追われていました。

P10100822 主に東京方面へ出荷されるそうで、1棟のハウスは、すでに半分ぐらいは箱詰めされてコンテナに載っていました。

“もしかして、自分の知り合いもこれが信州育ちのシクラメンとは知らず買い求めるかもしれない。”

なんて思うと、花栽培の方とはまったく係わり合いが無いのに、嬉しくなります。

P101007521棟のハウスはまさに冬爛漫、

シクラメンの花の絨毯が広がって、

♪真綿色した シクラメンほど

 清(すが)しいものはない

 出逢いの時の 君のようです

ためらいがちに かけた言葉に                                   

驚いたように ふりむく君に                                   

季節が頬染めて 過ぎてゆきました♪(小椋 佳)                 

過ぎた日々を“呼び戻すことができるなら”・・・・・どんなにかいいでしょう!

シクラメンの季節です。

愛知県境 根羽村の巨木“砦のイチイ” 

国道153号線を走って愛知県境にある根羽へ出かけました。

P101000925 白い雲たなびく山を目指して走ったり、

カラマツ林や杉林が間近に迫り、

武田信玄が京を目指して通った名残“のろしを上げた山”も見える国道です。

P10100112 沿道の風景を楽しみながら割とゆっくり走っていて、

アララギ峠の巨木“砦のイチイ”に出会いました。

お地蔵様と墓碑を背負った巨木

墓碑を守る巨木イチイ?

この地に何年?

イチイの樹のあるところに砦を作ったのか?

砦にイチイを植えたのか?

幹に立てかけられている岩も曰く有りげ?ですが、

P10100142看板は『砦のイチイ』だけ

周辺が整備されいることから、村人が大事に維持管理をし、

また“砦の巨木イチイ”は、村を守るように聳えていました

小さな鳥居が守る日本人の心

2年ぐらい前から、あるわき道にごみが捨てられるようになりました。

片側は竹林で,片側は民家の石垣が迫り見通しが悪く、昼間でもちょっと暗い感じのわき道です。

捨ててあるゴミ袋を見たくない!

此処は、通りたくない!恥ずかしくなる場所でした。

P10009815 あるとき、朱色の小さな鳥居が、この竹林の前のカーブに立てられました

その後、少しはなれた所に何度か捨てられていましたが、

鳥居の前には有りませんでした。

P10009945 今日久しぶりに通ると、小さな鳥居はまだ有り、

その付近にごみは、有りませんでした。

捨ててた人の神なるものへの畏怖心がやめさせたのかもしれません。

そして、いつかはこの鳥居が無なること願っております。(ミラーの前の白いものは、滑り止め用の砂袋です)

冬の曙 厳しい寒さに身を縮めながらも

春なら

「やうやう白くなり行く山ぎは、少し明かりて 紫だちたる雲の 細くたなびきたる。」(清少納言)

P100097915ですが、 今朝は、太い帯状の白い雲が東側の山一帯にかかっていた。

此処の地形は天竜川によってできた河岸段丘なので、上に上がるほど対岸の山が大きく見える。

P10009895 10時ころ上の段へ上がると、朝見た帯状の雲はすでに消え、雪を戴いた千丈ヶ岳の上に青空が広がっていました。

早朝の緊張感のある寒さに身を縮めながらも、

清少納言のように“冬のよさ”を見つけて生きたいと思っています。

天竜川 中州が大きく広がる

P10009732 久しぶりの晴天の夕暮れ、自転車で天竜川へ向かった。水神橋に入る手前、上空でねぐらに帰るのか数羽のが旋回していました。

清少納言は

“秋は夕暮れ。

夕日のさして、山の端いと近こうなりたるに、

烏の、寝どころへ行くとて、 

三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさえ、

あはれなり”

と、秋の夕暮れに旋回する烏の様子をいいものだと称えています。

グレイピンクの空に黒い烏が旋回する様は、綺麗でした。

P100097725 北の空の夕暮れに、

冷たい川風が吹き上げる12月の橋の上の寒さにも耐えられ、

一時夢を見ます。

秋よりも天竜川の水かさは減っているようで、中洲が成長して大きく広がっていました。

初冬の空に柿、柿、柿

Kaki123 実りすぎたか?

取り残された柿が初冬の空を飾る。

里古りて 

柿の木持たぬ 

家もなし (芭蕉)

子供のころ、冬果物といえば柿、

種が大きく小型の甘柿、渋抜きした柿、干し柿、大きな熟し柿。

私の育った村は家の周りに柿の木はなく、柿が熟すころになると籠を背負って、山の近くの畑へ出かけました。

椿の樹と同じで何か縁起を担いでいたかと思われます。

甘柿を食べながら、干し柿が食べられる日を待ちました。

そして、真冬、皮の透き通った熟し柿が食べ頃になりました。

P10009663 現在は、柿の需要も少なくなっているのでしょうか?

天竜川では烏を見かけるが、柿の木に群がる烏も見かけない。

春までは柿畑の上に広がっていた梨園は、伐採されて雑草に覆われた切り株から何本も新芽が伸びています。

風越山麓 風越プールはひっそりと

P100091323 風越プールの周囲を歩いてきました。

踏みしめる一足ごとに枯れ葉がかさこそと鳴り、自分の立てた音が大きく響く。

対岸に向かう橋の上にも枯れ葉が、運ばれていました。

P10009072 かっては泳ぐこともできたというプール

今は、周囲を高いフェンスに囲まれ、中に潅木が茂り、底を水が流れていた。

風越プール周辺は、もの寂しくひっそりと静まり返っていました。

宗徧流不蔵庵竜渓宗匠が探し当てた  “猿蔵の泉”

P100092821 名水百選に選べれている“猿蔵の泉”は、風越山麓松川渓谷杉林の中にありました。

江戸時代、宗徧流不蔵庵竜渓宗匠が、お茶に適した水を求め諸国遍歴中、この源泉を探し当てたという (たて看板)

すでに車が止まっていて、白いタンクを両手に持って降りてくる人に出会い、源泉にたどり着くとタンクやペットボトルに水をつめている人がいました。

ご飯を炊いたり、お茶を入れるため夫婦で伊那から汲みに来ているというお母さん

P100093221 「せっかく来たんなら、何か持ってこなくちゃ!」

といいながら、水をつめた1リットルのボトルを渡してくれました。

もちろん、帰宅後早速おいしいコーヒーを飲みました。

家から30分ぐらい、今度はタンク持参で出かけます。

並木通りの十月桜 ひっそりと

P10009452_1 “市内で咲いているという十月桜”を探しました。(桜並木 中電の近く)

うっかりそれとは知らずに通り過ぎそう

ひっそりと、淡いピンクで、可憐に咲いていました。

P10009405_2 また、桜並木に向かっている時、偶然時計台が開き始め、小人が躍り出ました。

いつも閉じている時計台しか出会ったことが無かったので、びっくり!!

此処は大宮への並木通りです。

凍える朝の夕暮れ

P10009012_1 大平宿への谷上空の夕暮れ

風越山も午前中で消えましたが、初冠雪。(12月4日)

「寒いね!」の挨拶で始まるこの頃です。

五月の根元で咲いて黄色の小菊

P10008812 “大丈夫?”と思っていたら、やはり、赤く焼けてきました。

束ね木戸へ掛けました。

もう少し、楽しめそうです。

松に守られて 鈴岡城址公園の紅葉

P10007942_1

鈴岡城址公園にはたくさんの松があり、その松に守られた鮮やかな紅葉に目を奪われます。

P10007922gousei風に曝された枝はすっかり落葉し、吹き上げる風で落ち葉が空に舞う。

吹き込む風は本丸を吹き抜け、空堀に落ち葉を敷き詰めていました。

谷間に水音が響く 

P1000846_1 鈴岡城址と、深さ60メートルの毛賀沢を挟んで相対している松尾城址に行ってみた。

すかっり整備が進んで、城址というより 桜が植えられた公園になっていた。

P1000858 かって、古の人々が歩いたであろう鈴岡城へ続く道

枯れ葉を踏みしめながら降りた。

P1000856_1 両岸は雑木林で覆われ、谷間に水音が響いていた。

鈴岡城は、松尾小笠原氏とは同属でありながら、信濃守護職をめぐり争いが絶えず、一旦は断絶にまで追い込まれている。(ホームページ 鈴岡城)

風越山からの風を受け

P1000790_1 風越山が見える高台 下殿岡地区の共同墓地の中に、大江磯吉(『破戒』の瀬川丑松のモデルといわれている)のは、有りました。

“「自白けるな」

「隠せ」

「忘れるな」という父からの戒め

 それを守るために、どれ程の苦心を重ねたろう。

どれ程の猜疑と恐怖とを抱いたろう”(「破戒」より抜粋)

P1000810 墓地から500メートルほど西 磯吉が学んだ知止小学校のあった円通寺に、大江磯吉の生き方に共感した人々の寄付により、胸像が建立されて3年になります。

被差別部落出身である磯吉は、その「素性」ゆえに幼いころから幾多の迫害差別を受け、学校へ行けない時期もあったという。

一方で、その優れた逸材を認め、自分の田畑を売却してまで学費を支えたりの支援が有ったという。また、その支援に応えるべく、磯吉は、勉学に励んだという。

P1000808 墓も、区民と平等な立場で分譲され、建立されています。

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