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2007年2月

文永寺の六地蔵 

P10109582 P10109592此処下伊那地区で、“六地蔵”に出会えたのは文永寺で、2度目。

六地蔵は、この石柱の前、民家の畑の一角に設置されていました。

六地蔵より 「六道において衆生の苦しみを救う」という六種の地蔵菩薩。
すなわち、地獄道を救う檀陀(だんだ)、餓鬼道を救う宝珠、畜生道を救う宝印、修羅道を救う持地、人道を救う除蓋障、天道を救う日光の各地蔵の総称。
また、延命・宝処・宝手・持地・宝印手・堅固意の六地蔵とする説もある。
『GOO辞書 国語辞典 』

最近探さないとお目にかかれないけど、心の迷いは平安時代も今も同じ。

大人だって、認めてもらえたら更にがんばれるもの

“建立や拝む”という気持ちを形で表すことで、「一歩前へ踏み出す力が頂けたり、気持ちを支えてもらえたり」するような気がします。

文永寺は、40体以上の石仏や地蔵様が建立されております。

鉄橋越しに風越山が見える

P10200032 “野底川”名前の由来が知りたく、創造館から上流へ向かって歩きました。

P10200042風越山や雪を抱いた中央アルプスを背に、鉄橋が青空に浮かぶ。

日本人の公徳心が欠如してきたのか?上流に上がって行くと、創造館下の河川敷では見なかった発泡スチロールや空き缶などのごみが目に付きます。

かってここら一体はヨシが密生する野原だったでしょうか?

野底川は、ヨシが密生し潅木も生えていたりする河川敷を蛇行しながら、水流も清く勢いよく流れています。(どぶ川ではなく嬉しい!)

昨日は散策日和でした。

 山門のかえるまた

P10109612 建築構造上必要だと言う山門の梁の“かえるまた

前回は竜だけ見えたのですが、人物の彫り物も有りました。

P10109682 P10109692 更によく見ると、梁そのものにも装飾が施されています。

平成の今、この文永寺建立に関わった人々の技と熱意そして願いまで、残された建物、塔、鐘楼等から伝わってくる気がします。

野底川が流れる風景

P10109272 創造館の東側 すぐ下を流れる野底川は、住宅地を流れているのに、河川敷の立ち枯れたススキ脇を澄んで流れ、清流のごとくに見えます。(2.22)

P10109252 春になると、土手の荒地ウリやススキに隠れてしまうのが残念なくらいです。

やがて中央アルプスの方から流れてくる水量の豊富な松川に合流し、更に大河天竜川へと流れていきます。

P10109202 創造館のシナマンサク

“花の命は短くて・・・”(林芙美子)と思っていましたが、

開花時期が長い不思議な花です。

文永寺 勅使の黒松

P10109802 悠久の 時の流れを刻んできた黒松

P10109782

勅使門横の木戸をくぐると、伸てくる黒松の枝に驚かされます。

樹幹を流れる樹液の音が聞こえるような静かな境内。

P10109742天を指して伸びる幹と本堂へと伸びる枝 どちらが長い?

文永寺 ご本尊様とシナマンサク

P10109812 文永寺で何気なく本堂の木戸の隙間から覘くと、ご本尊様が泰然と座っていらっしゃいました。

見られることを予想してなかったので、びっくりです。(隙間は狭く、周りまでは見えません)

P10109712 勅使門横の木戸をくぐると、シナマンサクはまだまだ綺麗に咲いています。(2・22)

重ねすぎかもしれませんが、日を浴びて輝くシナマンサクを“泰然と座しておられるご本尊様の献花”として活けて見たい気がしました。

今、文永寺のご縁で紹介していただいた本に嵌まっています。

  『伊那谷の老子』 加島祥造

言葉を選んで書かれた本に、難解な言葉も多々有る本に惹き込まれ、1節ぐらいは軽く読めてしまいます。

題字の“老子”にちょっと怯み、なかなか読めなかった本ですが、今は早く読み終え、自前でもう一度読もうと思っているころです。

梅一輪

P10109172 『梅一輪 一輪ほどの温かさ』 

江戸中期の俳人・服部嵐雪

P10109182  シナマンサクを見に行ったときはまだ硬い蕾でした。(創造館)

P10108972_1天竜川の近くでは創造館よりは 開花が進んでいます。(駄科駅付近)

2日前は、あられが降ったりと気候変動は激しいのですが、

春なんですね。

びっくりの福寿草

P10108892 車で走っていたら、道路わきの畑が黄色く染まっているんです。

蒲公英?

P10108952 近づくと福寿草。

希少品種だと思っていた花が、田んぼ2枚ぐらい、一面に植えられていました。

輝く黄色で、幸せオーラいっぱい!!

「大事なのは過程」と、桑田真澄投手

今朝の朝日新聞で、

『結果がすべての世界だが、大事なのは過程。

目標に向かって、どれだけベストを尽くせたか。』

と、今の心境を語る桑田真澄投手

結果が早急に求められがちなアスリートの世界で、結果は必ず出ることを身を通して知っている、またそのための努力を惜しまなかった桑田投手は、

「大事なのは過程だ」

と。(朝日新聞 SPORTS クリック 38歳桑田 挑戦 自然体)

遠い昔の話です。

中学の卒業式に、相川金山の偉い人(当時の認識)が、卒業式の祝辞で

「人は40歳を過ぎたら、自分の顔に責任を持たなくてはいけない」のようなことをいわれた。

桑田投手の顔を拝見していると、

『がんばって生きている人の顔は、ますますいい顔になっていく。』

と、思います。

そして、そんな人の言葉はづーんと響きます。

文永寺の五輪塔

山や川岸の竹林では、竹の先端が日差しを浴びて新緑に輝き、柔らかに萌え揺れています。

P10107232_1 P10108542_2 文永寺の五輪塔は、参道脇を少し入った民家の一角にありました。

再建前はかなり広大な伽藍だったと思われます。

五輪塔は、

P10108552_1『大日如来を本尊とする供養塔として建立』され

この下伊那地方では、最古のもの

空輪、風輪、火輪、水輪、地輪それぞれに彫られた梵字、

余り接することのない文字が、微かに見えます。

よく、“歴史にロマンを感じるとか、歴史に遊ぶとか”、見出しで眼にすることがありますが、

近くにこんなすごい歴史遺産があるのに、残念ながら能力不足で読み取れません。

今日はちょっと凹んでしまいました。

文永寺 山門前の石仏たち

P10108532現存の文永寺の伽藍(2.16 山門から)

鐘楼は、聳える大杉横。

山門の前の参道には、たくさんの石仏が並び迎えてくれます。

まず、山門のすぐ外に設置されている

P10108592お坊さんの石仏”、

P10108582”癒やし系の石仏”等いろいろ見られます。

子供の頃、お宮さん(神社)やお寺の境内は子供の遊び場、大人も季節ごとの行事や祭事でよく集まっていました。

遊ぶ中で、神や仏を敬う気持ちも育てられ、また、大人たちもよその子供をも一緒に見守ってくれたような気がします。

癒やし系の石仏を見ているうちに、よく遊んだ故郷の神社の風景を思い出しました。

文永寺 山門に竜の彫り物

P10108502 鎌倉時代に建立されたという文永寺の山門

P10108522屋根を仰ぎ見ると、梁を支える“かえるまた”に 竜の彫り物がはめ込まれています。

平成の世の現在も威風堂々と存在する山門を前に、建立した当時の人々の願いや技の確かさや熱意などに少しでも触れたいと、また文永寺に上がってきました。

P10108492 山門前の参道、右側は民家や工場が建てられ、山門から本堂までの道も、山門を迂回して、軽トラ等車も行き来していました。

ぶらぶらと歩いていたら、郵便配達中の人にも挨拶をもらう。

もごもご返すが、バイクはすでに走り去っています。

此処は、人々の交流が濃密な温かい地区なんだと思います。

鬩ぎあう雪雲と朝日

P10108312

昨日8時半過ぎ東の空 

予報で寒くなるとは聞いていましたがここ数日来春陽気が続き、まさに“想定外の雪”が降る中、松の下ドウダンツツジの一角に蟷螂の巣を見つけました。

やや斜めに、

P10108422更に入り口には葉っぱを翳した蟷螂の巣

“もろには雪が入り込まないし、風向き等をも考えた”親心か?

そして、後は自然に委ねられた蟷螂の巣。

本能での巣作りでしょうが、脱帽です。

昨日は、結局雪雲に覆われた寒い一日でしたが、一転今朝は、中央アルプスの峰峰が家々の屋根越しに朝日に染まる朝、明るい日差しが眩しい程でした。

文永寺の梵鐘が沈んでいた黒瀬ヶ淵?

P10108082 兎城公園登山口あたりに車を止め散策をしました。(2・8)

P10108112天竜川の荒々しい流れを見ながら、少し時又へ向かって歩くと、左側へ大きく曲がるあたりの対岸 もしかしたら文永寺の梵鐘が沈んでいたと言われるほっきの黒瀬ヶ淵”(?)が見えます。

“黒瀬ヶ淵に沈んでいた文永寺の梵鐘”も“梵鐘に纏わる”いろいろある伝承の一つだそうです。そして、

現存の文永寺の再建が許されたのが天正19年後(知久氏由来書より)と、有ります。

勝手な推測ですが、

『黒瀬ヶ淵に沈められていた梵鐘』の伝承は、今見ることの出来る梵鐘が『武田信玄の信州侵攻以前から文永寺に有った』なら、文永寺を守ろうとした村人の気持ちを表している様な気がしてきませんか?

「歴史上の人物、昔話の主人公に纏わる伝承」は自分の故郷にもありました。

 佐渡の小さな村でしたが、二つある寺の一つ 上寺(うえっんてら)には、根がぼこぼこ盛り上がり子供ならすっぽり隠れることも出来る大紅葉の樹が有りました。

この根っこの窪みに“塩汲みに疲れた安寿と厨子王が隠れた”との言い伝えが有り、“安寿と厨子王”になりその穴ぼこに身を潜めたりしたものです。

まだ此処を下る船くだりは体験していないので、船頭さんの語りで“文永寺の梵鐘が沈んでいた黒瀬ヶ淵”を聞いてみたい気がております。

早春の雑木林 垣間見た厳しい日々の戦い

竜東線を時又へ向かって走っていたら、左側に“兎城公園登山口”と言う標識が見えた。

“こんなとこに公園?”そんな危惧を抱きながらも、落葉し見通しのよくなった重なる木々の中の小道を上ってみました。(2・8)

P10108102_1 天竜川が滔々と流れるさまを見下ろしたり、連日の晴天でさくさくした落ち葉を踏みしめる感触も嬉しい。

普段は見れない木々の関わり等も珍しく、楽しみながら上がっていくと、突然P10108132 のたうつ大蔦。

一瞬、のたうつ大蛇かと、驚愕。

気取り直し、更に上って行こうと見上げた先 道は消え広がる雑木林の1本の木の枝にぶら下がる黒い水筒を見てしまいました。

即下り始めると、道沿いの木の根っこが露出した窪みに鳥の羽が散らばり、傍に黄緑色の獣の糞も有ります。

上るときは気付かなかった生き物同士の日々の生き様が目に付き、怖さがぞぞ~っと背中を走りました。

標識は“兎城公園”でしたから上り始めはうきうき気分でしたが、すっかり肝を冷やして降りてきました。

もうすぐ綺麗な山つつじや藤の花が開花する季節になりますが、

今の雑木林は、其処に関わて生きている生物や動物の“生き様がもろに露呈”しているときかもしれません。

大リーグ入りを目指す選択をした桑田真澄投手

桑田真澄元巨人軍投手が、“大リーグでの活躍”を目指す選択をした。

今期は、『日本で通算173勝の実績を残しながらも、米国では0からの出発』

『自分の投球スタイルでやるだけ、前を向いて頑張りたい。』(桑田投手)』(朝日新聞 MLB 大リーグ“桑田さっそく始動” )

野球に対する自らの能力を信じ、野球人としてやってこられた人の自負を感じます。

P10107912 福寿草の花言葉は『幸福』、別名を『元日草』

と言うそうですが、長野原の金山神社の近く、民家の塀の外に咲いていました。(2・5)

お正月のイメージが有る様に、金色に華やかに輝く花 福寿草。

これが初お目見え。

花の持つオーラか、見れただけでも幸せ気分です。

人は皆、活躍できる場があってこそ、その人持てる能力を発揮出来るし、人として輝ける。

桑田投手は、現状に甘んじず、自らの能力を試す新たな挑戦を選択した。

野球のゲームそのものには余り関心はない自分ですが、

桑田投手の“立ち向かう姿”に、“トップアスリートの生き方”に学びたい。

そして、“大リーグのマウンドに立つ桑田真澄投手の勇姿を拝見できるそんな日”を待っています。

黄雲のように広がるシナマンサク 

P10108252 創造館のシナマンサク

残念ながらシナマンサクの花は最盛期を過ぎていました。

離れてみるとこの一角だけ“霞みたなびく”ように、黄雲のように花をびっしりつけた枝が伸び、なかなか風情があります。

 シナマンサク越しの落葉した木々の間から野底川を挟んで広がる上郷地区の家並みが見え、P10108272 振り返って空を仰げば2本のケヤキの間からも風越山が見えます。

此処は、旧飯田市の一角 丘の上に建つ創造館の前 風越公園です。

空を摑め 金山神社の大ヒノキ

P10107892 長野原 金山神社の裏に聳える大ヒノキは、空を摑まんとばかり枝を広げ、幹にはしめ縄が張られたいました。

P10107852 今は人の手を離れたこの大ヒノキ、いつから斧を入れることを躊躇させたのでしょうか?

更に根がぼこぼこと盛り上がり、つかめる空が広がていることを願いたい。

天竜川 河川敷で見つけた流れの氷

P10108012 龍江の河川敷 :マレットゴルフ場や水辺の学校などが造られ、人工池には人工の堰と井水伝いに水が引かれ、小川となって流れ込んでいます。休日ともなると、模型飛行機が頭上を旋回し、土手を歩く人、走る人、マレットゴルフをする人と結構にぎわっています。

P10107932その堰の縁の草が凍り、傍に氷が張り付いていました。

P10107962 人工池の土手沿い 日陰になるところには薄氷が張っていました。

偶然“幼い頃故郷で見た小川の岸辺の氷”懐かしい風景に出会えることが出来ました。(2・8)

ふと、故郷を想います。

父母との生活が懐かしいのかもしれません。

文永寺 唐破風の勅使門と満開のシナマンサク

P10107192_2  2/3 文永寺

唐破風の勅使門の横 木戸をくぐると、勅使門の透P10107042_2かし彫りが光を受けて、いっそう綺麗に見えます。

P10107142そして、 シナマンサクも満開でした。

余り見かけない花 シナマンサク。

何時から、この地に咲いていたのか?

2月3日 節分会の読経が静かに響いていました。

勅使門は教科書で学んだ事もある“徳川家康、武田信玄、御花園天皇、更に頼朝”へと誘う門 歴史を遡れる門でした。(『知久氏由来書』より)

また、自分は初めての花 シナマンサクは“飯田創造館でも咲いている”そうです。

探せば、まだ何処かで咲いているかもしれません。

龍江 歴史を刻んできた紅雲寺の萱の木

龍江にある天竜川の河川敷の一段上今田平、イチゴ狩りの出来る農園があったり、広々と畑が広がっています。

P10107582 その一角 小山に建つ紅雲P10107552寺と大木萱の木の根元から斜面には、20体余の千手観音等が彫りこまれた石仏が所狭しと置かれています。

現在は、無住職。

萱の木の裏に回ると此処で修行されたお坊さんのお墓でしょうか?石仏に続いて設置されています。

なぜ此処にこれだけの石仏が設置されたのか?わかりませんが、境内の一角に

“萱の木に 歴史を刻む 紅雲寺(龍江かるた 平成九年 龍江子ども会)

と、看板が立てられていました。

三六災害、造成された今田平、天竜川を挟んでやや空き家の目立つ対岸の時又と違い活気が感じられる龍江の道沿いの家並み。

今は、荒れ気味の境内。

萱の木の大木は、どんな歴史を観てきたのでしょう?

文永寺 梵鐘と聳える大杉

P10107012 “文永寺は、神ノ峰城の城主により建立されたが、武田信玄が信州に攻め入った時、兵火により全焼。後家康に願って再建された”と言う。

長野県宝P10107022 梵鐘を守るように大杉が聳えています。

此の鐘は、竜丘から時又の間にある“ほっき”の黒瀬ヶ淵の水底から引き上げられ納められた”(伝承の一つ)とも云われます。

神社等名所を歩いて空を仰ぐと、大体何処かのアルプスが見える位置が選ばれています。山国信州だからでしょうが、土地の人々の山岳信仰心が厚かったともいえるでしょうか?

此処文永寺は、天竜川に架かる橋 南原橋を渡り、右手の坂道を登ったところにあります(下久堅地区)。

神ノ峰城跡とともに近在の小学校の遠足のコースに成っていましたが、今はどうでしょう?

天竜川の川原 春へ始動

P10107292_1 寒さよけの覆いも取れた船が、クレーンで吊り上げられています。(龍江から見る時又港)

水神様を祭っている対岸 松尾港(?)までトラックで運ばれていくようです。

P10107332 この少し下、 白波が立つ流れの中で泳ぐ鳥、波打ち際で群れる鳥、

P10107382また土手の蔦が絡まる木の天辺からじっと鋭い視線を飛ばしているやや大型の鳥がいたり。

そして川沿いに広がる土手を歩いていると、立ち枯れたススキの群落の中から雉が飛び出してきたりと、秋とは違う鳥が目に付きます。

午前中だったからか?烏は見かけませんでした。

天竜川の川原は、少しづつ春へ始動している様です。

春一番 蒲公英がさいた

P10107762 立春も過ぎた今日、天竜川の土手を歩きました。(時又、対岸が龍江)

ススキとかセイタカアワダチソウが立ち枯れ、まだまだ一面枯れ草色です。

結構歩く人、車ではいる人がいるのか、あちこちに踏み固められた道が出来ています。

一番上の段沿いの道を歩きながら足元に眼を落とすと、蒲公英が咲いていました。

P10107652 往復で1KMぐらい歩いたなかで、たった一輪喜び色の蒲公英が周りの枯れ草にうずもれながら咲いていました。

冬探しを十分にしないまま、春が近づいてきています。

鳥居の向こうに風越山

天竜川の東側 竜東線を走ると、下久方堅地区から高木地区の間に水神橋、弁天橋の2本の橋が対岸の松尾地区に向かって架かっています。

“「水神様」 水神 :蛇や龍の神格化したもので、水の中でもとりわけ飲料水、およびその水源を守護する神様。

「弁天様」 七福神のうちでただ一人の女神・弁天様は、もともとインドの水神さま”

P10106792_1 赤い弁天橋より少し下流、突き出た岩の上に小さなお社が祭られていました。

P10106752_1 鳥居の前に立って空を見上げると、なんと!此処からも風越山が見えていました。

鳥居に張られたしめ飾りが川風になびきます。

どちらも神様の名前が付いている橋にはさまれた水神様が風越山を背に造られている。

『風越山は神山』と、改めて思いました。

月が沈み、陽が昇る

昨晩からの満月が障子越しにも見えたので、沈む月を見ようと一段上の河岸段丘に上がった。

P10106902 沈むときは早い。

どう撮ろうかと場所を探してるj間に、月はどんどん山の向こうへ消えていきました。

東の山際もうっすらと茜色に染まっていたが、陽はなかなか上がってこない。

P10106962 やがて、中央アルプスの高い峰峰から、茜色に染まっていきました。

今朝も、陽の出は家に帰ってから。

アルプスの高い峰峰を染めるほどまぶしい光が、やっと我が家にも差し込んできました。

空の青さに気付くとき

昨日雪が降った時は、今日の雪景色を期待したが快晴。P10106722

豊丘の果樹園では、

剪定された枝を燃やす煙が立ち上がり、P10106682_1

かなり上空を、列を成した鳥が北へ渡って

いきました。

  ♪

   夢を削りながら 

   年老いてゆくことに気が付いたとき

   初めて気付く 空の青さに

   ・・・・・

   冬晴れの空 

   流れる煙 

   風は北風・・・・・(陽はまた昇る 谷村新司作詞)♪

天竜川の堤防にウォーキング中か、一人。

冬晴れの空 流れる煙 そして天竜川が音を立てて流れ、時が過ぎてゆきます。

 元オリックス中村選手の選択に思う

P10106402 1・28 かなり強い風の中、流れる雲に逆らうように、上空で舞う1羽のとんび。(せめて鷹といいたいとこだが、サンヒルズ上空)

“『力を貸して欲しい』そういってくれる球団で、命を懸けて働きたい。体を作って声がかかるのを待ち続けます。』

自ら売り込むことをしない。そんな気位が、選手生命を縮めなければいいが。(1・31 朝日新聞 チェンジ )”

自分を必要とするところで働ければ最高ですが、事が自分の思い通りに運ばないことは多々あること。逆風の中で待機を選択した中村選手の姿に、アンデス山脈に生息し、その上空で舞うというコンドルを想いました。

   ♪果てしない大空と 広い大地のその中で

    いつの日か 幸せを 自分の腕でつかむよう

    歩き出そう 明日の日に 振り返るにはまだ若い

    吹きすさぶ北風に 飛ばされぬよう とばぬよう 

    ・・・・・   (大空と大地の中で 作詞 松山千春)♪

夢を持ち“生る”ことを実感できるそんな場に、もう一度たちたい!そんな気になります。

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