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2009年2月

物見遊参(拝)

P1090075jpg___m 白山社の裏側に回ると、赤い鳥居が目を惹きます。

風越登山でここを通った記憶はないのですが、風越山の途中にある奥社へと続きます。

子供のころ、神主もしていた父は暮れの寒い時期榊を取りに冬山に入っていました。

赤い鳥居の前の榊は植えられていて、お正月に飾られた短冊が結び付けてありました。

P1090061jpg________m山門へ下りると、それぞれ一体ずつ木像が安置されています。

八幡の八幡さまと同じような木像ですが、誰を祭ってあるのか?主神もわかりません。

眼光鋭く、睨みを利かしています。

P1090058jpg_______mP1090059jpg_______m

P1090073jpg_________m糸塚もあります。
flagこの碑は、歌舞伎の音曲師初代、三国一左衞門が大横町に落ち着き、
その門人たちが三味線の糸の供養と芸道の上達を記念して、明治14年に建てたものである。(飯田観光協会)

子供のころ、神社を“お宮さん”と呼び、遅くまで遊んでいたり、よく出かけていました。

P1090071jpg______m 今は物見遊参(拝)、ちょっと遠い場所です。

annoy画像はクリックで拡大します。

雨上がり

Img_3133jpg______2m

リンゴ並木の万作(画像よりもっと鮮やかな萌黄色です)

その細い花弁の一つ一つに春雨が宿る

小さなイルミネーションで木全体が華やかに膨らんで見えます。

Img_3130jpg__________m 雨上がりの飯田の空はまだ灰色ですが、その向こうに青空の予感

“春はきにけり”です。

Img_3117jpg__________m

久しぶりに虹がかかりました。(2月20)

Img_3113jpg_______m 夕方外に出ると、天気雨、ふと見上げたら大きな虹がかかっていました。

Img_3125jpg_____m 2階へ駆け上がると、もう青空も見え、半分消えかかっています。

渡り来る人なき虹の立ちにけり 飯島晴子

解説に、『和歌には空を見る恋うたの伝統がある。

つれづれと空ぞみらるる思ふ人あまくだりこんものならなくに 和泉式部

作者はそれを踏まえて味を出しつつ、現代の句を詠んだ。』(大岡信)と、あります。

虹に、夢の架け橋的な“希望”と、儚さから“寂しさ”が言葉として重なります。

一時でしたが、信州の山並みを背に広大な虹がかかりました。

ふわっと華やかに咲いています

Img_3096jpg________m 元善光寺の善心光梅(2月16日の画像)

今年一般公募で、名前が決まったそうです。

Img_3104jpg________m同寺の麻績の里遊歩道入口にある樹齢150年の梅の木(大王松のそば)

まだ3分咲きぐらいでしたが、ここだけふわっと華やかです。

ちょっと下の紅梅Img_3102jpg_____m

Img_3092jpg_________m_2 寒空のもと、駐車場では、大型バスがクラクションを鳴らし、搭乗を急がせています。

回向柱の旗が柱から解き放たれたくてもがくように冷たい風に乗り、元善光寺全体が何となく華やかです。

驚嘆

P1090067jpg_______m

白山神社の山門の彫り物、Img_3088jpg__________mImg_3087jpg_______mImg_3090jpg________mImg_3089jpg_________m

  annoyクリックで画像は拡大します。

最近“日蓮宗勤行式”に接する機会がありました。

その中で、あらゆるところが道場だから、『この中に皆塔を起てて供養すべし。所似は何ん。』とあります。

神社仏閣の山門を飾る彫り物も、彫る人は彫ることで、それを観る人は観ることで供養になるということだったでしょうか?

 時又長石寺本堂向拝周りに立川流龍の彫刻が施されています。

P1090065jpg_________m素晴らしい自然の技 

清楚な花が咲き始めました。

不器用だけど

Img_3112jpg________m

やっとやっと咲いた、シクラメン

眩しいほどの赤い花が葉っぱの下に、外に咲きだした。

Img_3110jpg______m_2 ちょっと不器用に待望の花が咲いたheart01

 希望

P1090051jpg__________m P1090053jpg_______mP1090054jpg________m P1090055jpg__________mP1090056jpg____m P1090057jpg_______m

山門をくぐると右側に絵馬堂がありました。

菊の御紋の入った絵馬は、出兵した若者の無事を祈願したものでしょうか?

annoy画像はクリックで拡大します。

flag奈良時代の『続日本紀』には、神の乗り物としての馬、神馬(しんめ、じんめ)を奉納していたことが記されている。

次第に木や紙、土で作った馬の像で代用するようになり、平安時代から板に描いた馬の絵で代えられるようになった。

江戸時代になると、実利的な願いをかける風習が庶民にも広まった。(参照:Wikipedia)

新たな希望をも引き出そうと願った“絵馬”堂です。

白山社 恵比寿様と弁天様がほほ笑み、水音が響く境内

P1090044jpg______mP1090040jpg______mP1090043jpg_____m

 

降り注ぐ日差しに弁天様恵比寿様の笑顔が一層和らいで見えます。 (本殿の左側)

annoy画像はクリックで拡大しますpunch

P1090048jpg__________m  小さな滝から清流が流れ落ち、水音が境内いっぱい響く。

この流れ落ちる音とともにマイナスイオンが放出されているかのよう、境内にいると気分も和む。(本殿の右側)

八幡の八幡さまでも小さな滝から流れ落ちる水音が響き、笑顔の恵比寿様弁天様が設置されています。

本殿P1090045jpg__________m

P1090047jpg_____m1対の狛犬と灯篭を左右に見ながら、鳥居をくぐり本殿へ、

flag狛犬(こまいぬ、中国語:石獅子、英語:imperial guardian lion)とは、
犬に似た想像上の獣の像である。
神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿・本堂の正面左右などに一対で置かれている。

神道では神使(しんし)と呼ぶ。
阿吽(あ・うん)の形があるのは日本で多く見られる特徴である。
これは仁王の影響を受けたと考えられ平安時代には既に定着していた。(参照;Wikipedia)

裏から入り逆に降りてきましたが、振り仰ぎこの作られた環境の絶妙な配置に感嘆します。

白山社 随身門を飾る匠の技

Img_3079jpg_______m Img_3080jpg______m Img_3081jpg________m

Img_3082jpg____mImg_3083jpg_________m

白山社の随身門

annoy画像をクリックで、拡大します。

空を飛ぶこと、海へ乗り出すこと人みな(言いすぎかな?)抱く未知への船出を亀に載せ海原に漕ぎださせ、信仰がやがての極楽浄土(神式ではなんて言うんでしょう?)に繋がると間接的に語ってくれているような彫り物、

Img_3085jpg_________m Img_3076jpg_______m Img_3086jpg________m見上げていると、匠たちが楽しみながら彫っていただろうなという気がしてくる。

まだまだ、たくさんあって見飽きません。

白山神社里宮山門

Img_3078jpg_______m

白山神社里宮随身門は文政11年(1828)に再建された門で、唐破風三間楼門作り

全体を彫刻で飾った高さ36尺・奥行13尺・間口23尺の立派な門、昭和60年11月20日飯田市の有形文化財に指定されている。(参照:飯田市教育委員会)

Img_3070jpg_____m Img_3069jpg_____m Img_3075jpg_________m

annoy画像はクリックして拡大)

見事な彫り物が、山門の榛や棟を飾っていました。

どんな彫り師の作品かはわかりませんが、迫力があります。(UP画像に制限があるので、また取り上げます。)

白山社をUPしているブログ:ややさんちぶすさんをご紹介します。

曇天

Img_3058jpg_________m

重苦しい曇り空だが単調じゃない

灰色にもいろんな表情があって

楽譜のように目がそれをたどっていると

ココロが声にならない声でハミングし始める

昨日あんな辛いことがあったのに

・・・・

空と海を呑みこんで

ココロはひととき

「無心」にさまよっている 「こころ:谷川俊太郎」

Img_3057jpg__m 早朝の空、それも曇り空でしたが、きれいでした。

(今朝は時間もないのに空が気になり、あわててカメラを向けた。

2枚のみ、)

優しさ

P1090039jpg_________m_2

昨年11月飯田女子短期大学の公開講座『初めての織物』を受講し、大型の機織り機を使って、30cmぐらいの敷物2枚を制作した。

それぞれの生き方がもろに出る大人の受講者、なかなか教える側も大変かと思うのですが、初めてでも其々がそれなりのものを作れたのですから、ご指導大変だったかなと感謝しておりました。

先日その短大より封書が届いた。今年の案内かな?と、開けてみると、「糸が余りましたので、コースターを作りました。」とのお手紙と小さなコースターが、2枚入ってました。

お弁当持参、材料こみで受講料5000円、習い事の相場で安くはないけど妥当な額でした。

小さな2枚のコースター、受講者6人にと制作された講師の方の温かさ、何よりこの思いがけないプレゼントに感激しました。

湯呑を、コーヒーカップをテーブルに置くと、優しい音が返ってくる。

こんな優しさをそっと出せる大人!!

まだまだ未だ未熟者です。down

青空にアルプスの白さが眩しい!

Img_3043jpg_______m 晴れた日は、伊那の山々の向こうに南アルプスが眩しいほど白く輝いてみえます。(鈴岡城址公園から)

ここは、うっそうとした雑木林だった空堀の土手

Img_3041jpg_______m Img_3048jpg______m 改修工事で残された木々にも陽ざしが降り注ぐ。

下から吹き上げてくる風が強かったのか、他の木々に阻まれていたのか枝がながれていた。(華奢に見えますが、かなり太い)

annoy画像クリックで拡大します).

Img_3046jpg__________m まだ、南側の空堀は手が入ってない。

風が吹くと竹林がさわさわ揺れています。

春の先取り;りんごの里のチューリップ

Img_3054jpg________m_3

JAみなみ信州農産物直売所「りんごの里」(高速バス伊賀良バス停前)で、チューリップ祭と銘打って、一足早いチューリップの販売が始まりました。

Img_3050jpg________m_4 Img_3052jpg_______m_2 シャクナゲのような八重のチューリップ、

aImg_3056jpg______mバラのような白いチューリップ

a

Img_3055jpg______mImg_3049jpg_______m_2 一足早く、チューリップの花で春を先取り!

かわいい花と思っていたチューリップですが、華やかなチューリップ、気品漂うチューリップ等を観て、イメージを一新されそうでした。

annoy画像はクリックで大きくなります。

冬を偲ぶ

Img_3001jpg__________m 冬らしい寒さをあまり感じなかった今年、2月に入り下久堅にある文永寺へ上がると、五輪塔の前の田んぼに薄氷が張っています。

Img_3008jpg________m 積み上げられた土には霜柱が立っています。

水晶の石柱のような無数の小さな霜柱、軽く踏むとサクッサクッと軽い音を立てて壊れる。(annoy画像をクリックで拡大します。)

Img_3000jpg_________m参道横の田んぼ沿いの道を進んだ所にある文永寺の石室五輪塔

すっかり初春のようなこの頃ですが、天竜川東岸の一段と高い所にある田んぼに薄氷と霜柱、“冬らしい景色”を見た。

ちょっとうれしいsnow

下伊那最古の五輪塔 文永寺

Img_2998jpg_________m 参道の左側の脇道を奥に進むと、下伊那最古の五輪塔があります。

Img_3004jpg__________mflag下伊那には現在約180其有る中で文永寺の石室・五輪塔は下伊那最古、13世紀後半に建立されたという

昭和61年7月~昭和62年3月に修復工事が行われたそうですが、五輪塔の石室床石下の納骨穴のすぐ下に、常滑焼のつぼが据えられ、複数の人骨が納められていたそうです。(参照:上郷考古博物館:講座『石造五輪塔に秘められた由来』より)

flag文永寺五重塔の石室の天井に知久氏2代(神)敦幸が62才の時建てたと
書いてあるそうですから、多分知久氏に縁のある人の骨が入っているのでしょうね。(コメント:hac hooさん)
文永寺を開山した知久氏一族の方が書いておられるホームページから、“知久氏由来書”、http://www.geocities.jp/hac_hoo/roots-2.htmを紹介します。是非一読を!
Img_3005jpg__________m 石室外五輪、左から、15C後半、14C後半、16C前半に建立されたそうです。
石像に秘められた歴史の重みを感じます。
annoy画像はクリックで、拡大します。

見つけたよ フキノトウ

最近気象予報士の方のコメントによれば、今日は、“高気圧に覆われ、日本列島は光の春”のようです。

Img_3031jpg_______m_3   

昨日はフキノトウを見つけました。

まだ固いから、もう少し大きくなったら、食べます。

あの苦みは旬の味!

暖かな光に草花の芽が動きます。

マンサク?シナマンサク? 文永寺

Img_3016jpg_________2_m

勅使門の横の木戸をくぐると、万作が咲いていました。

画像よりもっと鮮やかな黄緑が勝った花びらはねじれ、芯は赤い(黒っぽい赤)。

annoy画像はクリックで大きくなります。

Img_3018jpg________m 例年は、3月になってから見ていたので、配色からとても大人っぽい花と感じていたのですが、咲きだしたばかりのようでとても初々しい。

Img_3025jpg________2m_3  flag文永寺は文永元年(1264)、知久信貞を檀那として開かれた。京都醍醐寺理性院に属し、本時との交流を通じて朝廷の信頼も厚く、勅願寺として隆盛を極めた。(参照:石造五輪塔に秘められた由来)

勅使門横の木戸をくぐると、逆さつばき、万作、そしてアセビとあまり見かけない花木が植えられています。

上郷考古博物館の講座『石造五輪塔に秘められた由来』を聴講し、五輪塔を見に上がると万作が咲いていました。

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